トルコ
アンタルヤ
旧市街の城壁に地中海が寄せる街
ローマ劇場とビーチを一度の旅で
アンタルヤ(Antalya)は、トルコ南部の地中海沿岸にある街です。紀元前2世紀、ペルガモン王アッタロス2世がこの地を手に入れたことで「アッタレイア」と名付けられ、今の街の名もそこに由来します。海沿いには断崖が長く続き、その上に広がる旧市街のふもとには、半円形の小さな港が抱かれるようにおさまっています。ビーチリゾートの印象が先に立つ街ですが、少し郊外へ出れば、2世紀のローマ劇場や山あいの古代都市が待っています。午前はローマ皇帝の訪問を記念した門をくぐり、午後は城壁の下の海で泳ぐ。そんな一日が無理なく組める場所です。
カレイチ — 城壁の内側の旧市街
カレイチ(Kaleiçi)はトルコ語で「城の内側」という意味。かつては内と外、二重の馬蹄形の城壁が旧市街を囲み、その内側には瓦屋根の家がおよそ3,000軒集まっています。城壁の大部分は1930年代半ばに取り壊されました。文化観光省はこの地区の修復事業により、1984年に観光ジャーナリストの団体FIJETから「ゴールデン・アップル賞」を受け、現在カレイチは保護地区として守られています。古い家を改装したペンションも多く見られます。 旧市街へはハドリアヌス門(Hadrian Kapısı)から入ってみてください。西暦130年、ハドリアヌス帝がこの街を訪れたことを記念して建てられた門で、アーチが三つあることから「三つの門(Üç Kapılar)」とも呼ばれています。 1207年にセルジューク朝が街を手に入れたのちに建てられたイヴリ・ミナレ(Yivli Minare)は、アンタルヤ最初のトルコ系建築。様式から、スルタン・アラエッディン・ケイクバード1世の時代のものとされています。縦溝の刻まれた高さ38mの塔には、青いタイルがはめ込まれています。近くのケシック・ミナレ(Kesik Minare)は、ヘレニズム・ローマ時代のアゴラの建物の中に建てられた教会が、オスマン帝国時代にモスクへと変わったもの。1895年の火災で大きく損なわれてから、「切れたミナレット」と呼ばれるようになりました。
港とフドゥルルックの塔
カレイチの路地を下っていくと、旧港に出ます。半円形の天然の入り江を、ヘレニズム時代に港として整えた場所で、今はヨットや遊覧船が出入りしています。日が傾くころには、岸辺のレストランにひとつ、またひとつと明かりがともります。 港の一角にあるメルメルリ・ビーチ(Mermerli Plajı)は、旧市街の真下に寄り添う小さな浜。海に入って西を向くと、湾の向こうにベイ山脈(Beydağları)の稜線が連なります。 旧市街の海側の端、断崖の上に立つのがフドゥルルックの塔(Hıdırlık Kulesi)。1〜2世紀に記念墓として建てられたと考えられ、ビザンツ時代に城壁の防御に組み込まれて見張り塔になりました。隣の公園の手すりにもたれると、港と断崖、対岸の山並みがひと目で見渡せます。
崖から海へ落ちる滝
市街の海辺では、砂浜より先に断崖が目に入ります。街の南側、コンヤアルトゥ(Konyaaltı)側からララ・ビーチ(Lara Plajı)まで約20kmにわたって崖が続き、海面からの高さは平均40mほど。街がこの崖の上にあるため、公園や遊歩道の先がそのまま海への断崖になっている場所によく出会います。 この崖から地中海へまっすぐ流れ落ちるのが、デュデンの滝(Düden Şelalesi)。崖上の公園から水しぶきを見下ろすこともできますし、港から出る遊覧船に乗って海側から見上げることもできます。 ビーチは主に街の両端にあります。西のコンヤアルトゥ・ビーチは長さ約7kmの細かな小石の浜で、運営会社の異なる区画が30以上並びます。東のララ・ビーチは中心部から10kmほどの広々とした浜で、大型ホテルが立ち並んでいます。
日帰りで訪ねる古代都市
日帰りで訪ねたい古代都市が三つあります。7〜8月は平均最高気温が34℃を少し超えるので、日陰のない遺跡には朝の開場に合わせて行くと楽です。 • ペルゲ(Perge)— 入口でまず目に入る2本の塔は紀元前3世紀のもの。街が最も栄えたのはローマ支配下の紀元後2〜3世紀です。1万2,000人を収容した競技場はアナトリアで2番目の規模で、使徒パウロが旅の途中で何度も立ち寄った地でもあります。 • アスペンドス(Aspendos)— 2世紀に建築家ゼノンが手がけた劇場が、ほぼ完全な姿で残っています。文化観光省は、地中海世界で最も保存状態のよいローマ時代の劇場と紹介しています。客席の最上段から舞台を見下ろすと、その大きさが実感できます。近くには古代の水道橋も残っています。 • テルメッソス(Termessos)— ギュッリュク山(Güllük Dağı)の峰々に挟まれた谷にある山岳都市。紀元前333年にアレクサンドロス大王に包囲されながらも、街を明け渡さなかったと伝わります。駐車場から山道を歩いて登ると、劇場やアゴラにたどり着きます。
タヒニがよく登場する食卓
アンタルヤ市が挙げる郷土料理のリストには、タヒニ(練りごま)がたびたび登場します。代表格がタヒンリ・ピヤズ(Tahinli Piyaz)。白いんげん豆のサラダにタヒニのソースをたっぷりかけた一皿で、香ばしくこっくりとした味わいです。串焼きのシシ・キョフテ(şiş köfte)を添えて出す店がよくあります。 パンにつけて食べるヒベシ(Hibeş)もタヒニでつくる濃厚なディップ。デザートのカバク・タトゥルスは、砂糖で煮たかぼちゃにタヒニをかけたものです。小麦といんげん豆、ひよこ豆、そら豆をいっしょにゆでたキョッレ(Kölle)は素朴な一杯。肉が食べたいなら、かまどでじっくり火を通したタンドゥル・ケバブ(Tandır Kebabı)を探してみてください。 同じリストに載るトゥルンチ・レチェリ(Turunç Reçeli)は、ビターオレンジでつくるほろ苦いジャム。瓶ごとお土産にするのにも向いています。
おすすめ3泊4日プラン
1日目 — 空港着 → トラムで市内へ → ハドリアヌス門からカレイチへ → イヴリ・ミナレとケシック・ミナレ → フドゥルルックの塔で夕暮れ → 旧港で夕食 2日目 — 朝いちばんにペルゲ → 続けてアスペンドスの劇場と水道橋 → 午後はメルメルリ・ビーチでひと泳ぎ → 夕食はピヤズとキョフテ 3日目 — 午前はテルメッソスの山道へ → 午後はコンヤアルトゥ・ビーチ → カレイチの路地で夕食 4日目 — デュデンの滝 → ララ・ビーチ → 空港
- おすすめの季節
- 4〜5月(遺跡歩きに向く春)、9〜10月(秋も海水浴が楽しめる)
- おすすめの日数
- 3〜5日
食べたいもの
- タヒンリ・ピヤズ(タヒニをかけた白いんげん豆のサラダ)
- タンドゥル・ケバブ(かまどでじっくり火を通した肉)
- ヒベシ(タヒニのディップ)
- カバク・タトゥルス(タヒニをかけたかぼちゃのデザート)
実用的なヒント
- 空港を通るT1線(Fatih–Havalimanı–Expo)をはじめ、トラムは改札でタッチ決済対応のデビットカードやクレジットカードをかざせば乗れます。交通カード(アンタルヤカルト)を別に用意する必要はありません。
- アンタルヤ博物館(Antalya Müzesi)は休館中です。2026〜27年の運営表では2026年10月、2026年11月〜2027年5月1日のいずれも「休館」とされ、再開日は示されていません。ペルゲの出土彫刻を見る予定だった日は、あらかじめ組み直しておきましょう。
- テルメッソスはチケット売り場が早く閉まります。2026年10月は17時、2026年11月〜2027年5月1日は15時30分です。それ以降はアンタルヤ県文化観光局の新しい運営表で確かめてください。ペルゲは古代劇場が修復工事のため一時閉鎖中です。
予約する
当社は予約当事者ではありません。予約・決済・返金は予約先の条件に従い、リンク経由の予約成立時に当社が手数料を受領します。